第7回.大学における知的財産の保全と活用の実際

(1) だれが知的財産を保全・活用するのか
大学の研究者や事務官は一般的に知的財産の専門家ではありませんので、大学で生まれた知的財産を自ら保全・活用しようとしても専門家のように適切に保全・活用ができるものではありません。
大学が知的財産を適切に保全・活用するためには、専門のセクションを設けて専門家を育て、ここで専門家により知的財産を専門的に保全・活用する必要があります。
そこで、昭和62年、文部科学省は全国の国立大学に地域共同研究センターを設け、ここで、地域連携の一環として、知的財産に関する問題を取り扱わせていました。
そして、平成10年、大学等技術移転促進法を設け、全国各地の大学等に技術移転の専門組織としてTLO(Technology Licensing Organization)を作らせ、知的財産の活用を図ってきました。
更に、平成15年、大学の独立行政法人化にともない、大学等における知的財産の創出・取得・管理・活用を戦略的に実施するため、全国から選んだ幾つかの国立大学に知的財産本部を設置し、知的財産の活用による社会貢献を目指す大学づくりを推進してきました。
(2) どのようにして知的財産を保全するのか
① 外部人材の導入
大学の知的財産本部は、平成15年に生まれたばかりで、知的財産の保全と活用に関する経験が全く有りませんので、知的財産の保全と活用に関するノーハウの蓄積がありませんでした。そこで、外部の人材(企業の知財部経験者、特許流通アドバイザー、弁理士等)を導入し、知的財産本部に知的財産の保全と活用に関するノーハウの蓄積を図っています。
② 知財セミナーの開催
大学内の研究者は特許に詳しい人もおりますが、殆どの研究者は特許のことを良く知らず、特許に関する問題は企業任せにしてきた傾向があります。しかし、これでは大学内で生まれた知的財産が企業に有利に利用されてしまうおそれがあります。
また、大学内の研究者は、大学内の研究で生まれた発明について民間企業で活用できる可能性を十分に認識できず、埋もれさせてしまうおそれもあります。
そこで、全国の大学では、大学内において特許セミナー等を開催し、研究者に対して知的財産に関する啓蒙を図り、大学内で生まれた知的財産の保護の必要性をより一層認識させ、大学における知的財産の保全を確実ならしめています。
③ 特許権の取得
(a) 特許相談
大学の知的財産本部は、特許に関する種々の相談を受けて研究者の疑問を解消させ、特許出願が必要な場合は特許出願のためのアシストをその研究者に対して提供しています。
(b) 公知発明の調査
大学の研究者は殆どの場合インターネットを使用できる環境を有しているので、特許庁の電子図書館(IPDL)を利用すれば簡単な特許調査はできます。
しかし、本格的な特許調査はそれなりの訓練が必要なので、訓練を受ける時間の無い研究者に対しては、依頼により大学の知的財産本部のスタッフが専門的な調査をし、正確な調査結果を研究者に提供するようにしています。
(c) 特許出願の検討
特許の要件を満足していない発明について特許出願をしても費用と手間が無駄になるだけです。また、大学における知的財産の保護はその大学の知的財産の保護のポリシーに沿って行われるべきものですから、特許出願もそのポリシーに沿っている必要があります。
私の関係している大学(東京海洋大学)では、学内から特許出願の提案が有った場合、知的財産の専門家(弁理士等)を含めた実務者によるバックアップの下、特許の要件を満足しているか否か、大学の知的財産の保護のポリシーに沿っているか否か等の見地から特許出願の要否が学内の委員会により検討されています。
(d) 特許出願から登録までのコーディネート
特許出願から登録までは、弁理士事務所と研究者との間で、種々の書類のやりとりやコミュニケーション等が必要になるので、これらのやりとりを円滑に行わせるため、大学の知財部門には専門のコーディネータが置かれています。
(e) 先生や学生の移籍について
特許出願後、ほとんどの特許出願について特許庁から拒絶理由通知書が来ます。この拒絶理由通知書に対し、企業では発明者と知財部員が一緒になって対応を考えます。
拒絶理由通知が来るのは特許出願の日から相当の年月が経ってからですから、大学の場合、発明者の先生が他の大学に異動している場合がかなりあります。また、発明者の学生は卒業して企業に就職していると思われます。
従って、拒絶理由通知書が来ても発明者は対応できないと思われますので、先生や学生が移籍した場合、その特許出願を引き継いで担当する発明者の代わりの人を決めておく必要があると思われます。
④ 争訟への対応
(a) 侵害事件への対応
特許権が成立している以上、特許権侵害事件が起こる可能性があります。特許権侵害事件が起こった場合、特許権者は差止請求権や損害賠償請求権を行使できます。ただ、これらの権利を行使するか否かは特許権者の自由であり、行使しても、行使しなくても問題はありません。
しかし、大学は自己実施せず、民間企業に対してライセンスをする前提で特許権を取得しているのですから、ライセンスの内容によってはこれらの権利を行使しなければならない責任を負っている場合があります。
このような場合、大学はこれらの責任を果たすため、予め侵害対応のルール、予算及び担当を決めておく必要があります。
(b) 無効審判
学問の世界では学会発表が最優先され、特許出願は二の次になっているようです。また、自己の為した発明であれば発表した後でも特許が取れると勘違いしている研究者もいます。また、学会誌に発表していたことを忘れてしまっている研究者もおります。
このような状況で特許出願がなされた場合、新規性喪失の例外の主張及び手続がなされていない限り、その特許出願は拒絶され、特許は無効審判を請求されて無効にされます。
知財部門としては、このような事態を回避させるため、出願前にかかる視点で十分に調査するとともに、出願前に公表すると拒絶理由になり、無効理由になることを研究者に十分に啓蒙しておかなければなりません。
⑤ 特許権の整理(消滅)
特許権を維持するためには特許庁に維持年金を毎年支払わなければなりません。その特許権について実施権が設定されているか、不実施による補償金が支払われている場合は問題ありませんが、そうでない場合は、特許権を維持する費用がかかるだけです。従って、その特許権から収益が上がる可能性が無い場合は、適当な期間を定め、発明者に特許権を返すか、維持年金の支払いを打ち切る等の方法で特許権を整理する必要があります。
(3) どのようにして知的財産を活用するのか
① 知財フェア
特許を取った場合、だれかがその特許公報を見て特許権者に積極的にアプローチしてくることは極めて希です。その発明を事業化するためには、その発明を広く積極的に知らしめ、その発明に興味を持つ企業を見つけ、事業化してもらう必要があります。
そこで、その発明を広く知らしめるため、知的財産本部は学外において特許フェアを開催し、大学で生まれた知的財産を民間企業の関係者に知らしめて、特許ライセンス供与のきっかけを作ったり、共同研究のきっかけを作っています。
② 大学のホームページへの掲示
自分の大学のホームページに大学の発明を公表し、興味を持った企業からの問い合わせを待つか、当該発明と関係が有りそうな企業に話を持ち込んで、興味を持った企業と交渉するようにしています。
③ 特許営業
発明を知財フェアやホームページで展示しておいただけでは殆ど売れません。発明を売るには企業に積極的に売り込まなければなりません。しかし、企業に単に売り込んでも、殆どの場合、採用してもらえません。
売り込んだ発明が採用してもらえない理由は各企業の都合なので、当事者以外はわかりませんが、想像できる理由としては、「発明が売り込み先企業のニーズとマッチしない」、「発明が事業化レベルで未完成」、「発明を事業化することによって得られる利益が当該企業の規模と比べて釣り合わない」、「事業化の際の投資リスクが危惧される」、「事業化の資金が調達できない」、「企業の担当者に採用リスクがかかる」等が考えられます。
発明が売り込み先企業のニーズとマッチしない」場合は、その発明とマッチする企業を別途探して売り込むか、発明の売り込みを機に、その企業のニーズを知り、このニーズにふさわしい先生にその企業と連携して頂き、共同研究により、その企業のニーズにマッチした発明を生み出してもらうことが考えられます。
大学で生まれる発明はほとんどの場合、学問的な研究に付随して生まれるわけで、企業におけるような具体的な事業から生まれてくるわけではないので、「事業化レベルで未完成」の場合が多い。この場合は、事業化の研究のための補助金を研究し、この補助金と抱き合わせで、企業と共同で事業化の研究をするようにするのが良いのではないでしょうか。
発明を事業化することによって得られる利益が当該企業の規模と比べて釣り合わない」場合、当該企業はその発明を事業化できないか、事業化しない。利益の大きさに見合った規模の企業に売り込むのが良いのではないでしょうか。補助金制度を研究し、補助金でベンチャーを立ち上げて事業化しても良いと思います。
事業化の際の投資リスクが危惧される」場合は、十分な市場調査をし、投資リスクが低いことを明らかにした上で、その企業を説得するのが良いでしょう。
事業化の資金が調達できない」場合は、国や地方公共団体の補助金、投資会社のファンド等を研究して、これを特許営業と抱き合わせで紹介するのも一つの方法と思います。
企業の担当者に採用リスクがかかる」場合は、大学の人脈を生かし、当該企業のトップと交渉するのが良いのではないでしょうか。企業のトップであれば失敗した時のリスクは担当者の場合ほど心配しなくても良いはずですから。
④ TLO等への営業依頼
営業能力の高いと言われているTLOに当該発明の売り込みを依頼するか、又は特許流通業者に売り込みを依頼するのも一つの方法と思います。