第2回.何が特許になるか

(1) 特許法の保護対象であること
何かのアイデアを考えた場合、どのような類のアイデアでも特許を受けることができるかというと、そうではありません。特許を受けることができるものは特許法が定めた保護対象に限られます。
特許法は保護対象について、①「発明であること」と、②「産業上利用することができること」の2つの条件を求めています(第29条柱書)。
① 発明であること
特許法において、「発明」とは、自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう(第2条第1項)と定義されています。
この定義の範囲は一般の人が認識している発明の範囲との間に大きな違いはありません。特許法で発明をあえて定義したのは、特許法が取り扱う発明の範囲を明確化し、発明の範囲の解釈の違いによる混乱を回避させたいという意図からです。
大学では学術的な研究が行われているので、自然現象上の新たな知見を見出すことが多く見受けられます。ただ、この知見は創作の要素を含んでいないので、単なる発見であり、発明ではありません。
しかし、発見であっても、創作の要素を加えることにより発明になる場合があります。
例えば、蛍光タンパク質を作るDNA配列を発見した場合、このままでは発見ですが、このDNA配列を遺伝子マーカーとして使用することを考えた場合、この遺伝子マーカーは発明になります。
従って、発見と思われるものでも視点を変えると発明になる可能性があるので、発見はかかる観点から検討してみる必要があります。
② 産業上利用することができること
特許法は産業の発達を目的とする法律ですので(第1条)、保護対象は当然のこととして産業上利用することができるものです。
産業とは狭義には製造業を意味しますが、特許法では産業は広義に解釈されており、製造業以外の、鉱業、農業、漁業、運輸業、通信業なども含むと解釈されています。
しかし、産業という以上、人間を対象にした手術方法、治療方法又は診断方法のようなものまでは含まれません。
ただし、その発明を、手術装置、治療装置、診断装置、治療薬、診断薬という視点で把握できれば、「産業上利用することができること」という要件は満足します。
なお、大学は学術的な研究をするところであり、民間企業や工業試験場のように産業上の利用を目的として研究しているわけではありませんので、生まれた発明には産業上利用することができないものが含まれることがあります。このような発明は特許を受けることができません。
(2) 特許の要件を満足している発明であること
上述した特許法の保護対象であっても、「新規性」、「進歩性」を有していなければ特許を受けることができません。
① 新規性を有していること
「新規性」とは、特許出願前にその発明が公に知られていないということであり、同一の発明がすでに公に知られている場合は特許を受けることができません(第29条第1項)。
「新規性」を特許の要件とするのは、特許法が発明を公開した者にその代償として特許を付与することを前提としていることから考えて、すでに公開されている発明に特許を付与する理由が無いからです。
学会誌等に発明を発表した場合はもちろん新規性を喪失しますが、講演会において発明を口頭でしゃべってしまった場合、新聞やテレビに発明が紹介されてしまった場合、公共の場に発明品を設置してしまった場合も新規性を喪失します。また、守秘義務の無い人に発明を教えてしまった場合は、その人がたとえ1人であっても新規性を喪失します。
新規性喪失の例外
試験、刊行物発表、学会発表等の場合も新規性を喪失させると産業の発達を図る上で妥当でないので、一定の条件を満たせば、新規性の規定の適用については、新規性を喪失しなかったものとみなされます(第30条)。
大学の先生方は自己の研究成果の発表に関してプライオリティーを主張することを最優先に考え、研究成果を急いで学会発表や論文発表する傾向が強いので、新規性喪失の例外の規定(第30条)を利用して特許出願をせざるを得ない例が多く見受けられます。
② 進歩性を有していること
「進歩性」とは、公に知られている発明から当業者が容易に考えることができないことであり、当業者が容易に考えることができる発明は特許を受けることができません(第29条第2項)。
「進歩性」を特許の要件とするのは、このような発明に特許を付与すると、特許権の乱立により産業活動の自由が束縛され、産業の発達が阻害されることになるからです。
③ 先願の明細書等で公開されていないこと
下記の図に示すように、公開された先願(1)の願書に最初に添付された明細書等に記載された発明(A,B)と同一の発明(B)についての後願(2)は特許を受けることができません(第29条の2)。
「第29条の2」を特許の要件とするのは、先願で公開された発明以外に何ら新しい発明を公開しない後願に特許を付与するのは特許制度の趣旨に反するからです。
ただし、先願と後願の発明者が同一の場合や、先願と後願の出願人が同一の場合まで拒絶するのは酷なので、この第29条の2の規定は例外として適用されません。
なお、欧州特許条約にはこのような例外規定はありませんので、この例外のような規定が働くだろうと考えて、関連する複数の特許出願を相前後して欧州に特許出願すると、自己の先願の明細書内に記載されていた事項によって自己の後願が拒絶されることになりますので、注意してください。