大学の特許出願を
どう考えるか
大学は、収益を目的とする組織ではありません。
教育、研究、社会貢献という使命を担う組織です。
そのため、大学の特許出願や権利維持も、単に 「特許が取れる技術かどうか」 だけで決めるべきものではありません。
その技術が大学の使命にどのように結びつくのか。
限られた予算の中で、どこまで知財に資源を配分するべきか。
その視点から整理することが重要です。
このページでお伝えしたいこと
大学の特許は、特許性があるというだけで判断すべきものではありません。
教育、研究、社会貢献という大学の使命に照らして意味があるか、限られた資源を使うに値するかを考える必要があります。
このページでは、出願する判断だけでなく、出願しない判断、維持を見直す判断も含めて整理します。
① 大学の使命から考える
大学の特許は、利益ではなく教育・研究・社会貢献という使命との関係で判断する必要があります。
② 特許性だけで判断しない
特許が取れる技術であっても、大学として費用をかけて出願・維持する意味があるかは別に考える必要があります。
③ 出願しない判断も扱う
出願しないことは何もしないことではなく、大学の資源を守るための積極的な判断でもあります。
大学知財に長く関わってきた立場から
私は、大学知財本部の立上げに関与し、長年にわたり大学知財に関わってきました。
その経験から感じるのは、大学の知財判断では、 技術的に特許が取れるかどうか という検討は行われていても、 その出願や権利維持が大学の使命に合っているか という視点が、十分に整理されないまま進んでしまうことが少なくない、ということです。
しかし大学の特許は、本来、教育、研究、社会貢献という大学の使命との関係で判断されるべきものだと考えています。
大学は収益組織ではない
企業の特許は、事業利益を生み出すための制度として整理しやすい面があります。
これに対し、大学は収益を目的とする組織ではありません。
大学には、教育、研究、社会貢献という公共的使命があります。
そのため大学の特許出願は、 利益が出るかどうか だけでなく、 大学の使命にどう貢献するか という基準で判断されるべきです。
限られた予算の中で考える必要がある
もし予算が無限にあるのであれば、研究成果ごとに幅広く出願する考え方もあり得るかもしれません。
しかし、現実の大学の予算は限られています。
特許には、出願時の費用だけでなく、次のような費用や負担が続きます。
無制限な出願や惰性的な維持は、授業、研究、設備、学生支援など、大学の本来の活動に使える資源を圧迫します。
だからこそ大学では、 特許が取れるかどうか ではなく、 大学の使命に照らして、本当に出願・維持すべきか を考える必要があります。
特許性があるというだけで出願してよいのか
大学では、特殊な研究に使われる特殊な技術、たとえば研究室内で用いる測定装置のようなものについても、 特許性がある という理由だけで特許出願が了承されることがあります。
しかし、そのような技術の中には、社会で広く使われる見込みが乏しく、事業性がほとんどないものも少なくありません。
その場合、特許が取れる可能性があること自体は事実であっても、大学として費用をかけてまで出願・維持する意味があるかどうかは別問題です。
特許性があることと、大学として出願すべきこととは、同じではありません。
研究費申請と特許出願が結び付けられすぎている
文部科学省等への研究費の申請書類には、特許出願の有無を記載する欄が設けられていることがあります。
そのため、研究成果があれば、何でもかんでも特許出願しておくべきではないか、という空気が生まれやすくなります。
しかし、申請書類に記載欄があることと、実際に大学として出願すべきであることとは別です。
出願件数があること自体が目的になると、本来は論文発表で十分な研究成果や、事業性の乏しい技術まで、出願対象として扱われやすくなります。
その結果、大学にとって意味の薄い知財費用が積み上がることになります。
本来、研究成果は論文で発表できる
大学の本来の使命から考えれば、研究者の研究成果は、まず論文として公表されることに大きな意味があります。
論文発表によって、学術的知見が共有され、研究が次につながり、教育や社会への貢献が実現します。
したがって、研究成果が論文発表で十分に目的を果たせるのであれば、無理に特許出願を重ねる必要はありません。
論文で公表すべきものまで、特許性があるという理由だけで出願に回していくことは、大学の使命との関係で再考されるべきです。
特許出願が意味を持つ場面
もちろん、大学の研究成果の中には、特別に事業性が高く、論文発表だけで終えるのは惜しいものもあります。
たとえば、社会実装の可能性が高く、企業による製品化やライセンス展開が見込まれる技術であれば、特許出願を行う意味は十分にあります。
そのような場合には、論文発表だけでは守れない価値を、特許によって確保するという考え方は理解できます。
しかし逆に言えば、 事業性が乏しい技術まで、特許性があるという理由だけで一律に出願することは、大学にとって無駄な支出になりやすいのです。
大学で「とりあえず出願」が起きやすい理由
現実には、大学では「とりあえず出願」が起きやすい構造があります。
多くの場合、知財担当部署は、特許が取れる技術かどうかという 技術的評価 を中心に検討しています。
しかし、その技術が大学の使命に合致しているか、限られた資源配分として妥当か、という判断までは十分に行われないことがあります。
それは、その判断が面倒だから避けられている場合もあるでしょうし、そもそも、そこまで考えて判断すべきだという理解が十分に共有されていない場合もあると思います。
さらに大学では、研究を主導する教員の意向が強く尊重される組織運営になりやすく、事務部門がその提案に対して出願しない という結論を示すことは、実務上かなり難しい場面があります。
研究者が特許出願を提案してきた場合に、事務方がこれを見送る判断を出すことは、単なる事務処理の問題では済まず、提案そのものを否定したように受け取られかねません。
そのため、事務方としては、正面から出願を見送る理由を示すよりも、 技術的に特許性があるのであれば出願する という整理にしておいた方が、組織内で説明しやすいという力学が働きやすくなります。
また、出願という判断は、出願書類や公開公報という形で成果が残ります。 そのため、仕事として評価されやすい面があります。
これに対し、出願しないという判断は、形に残りにくく、仕事として評価されにくい傾向があります。
しかも、出願しない判断は、絶対的な正解として示せるものではありません。 将来になって「あのとき出願しておけばよかったのではないか」と言われる可能性もゼロではありません。
知財担当者や弁理士としては、出願しなかった場合の責任まで背負いたくないという心理が働きやすくなります。
こうした事情が重なって、「とりあえず出願する」判断に偏りやすくなるのです。
大学知財担当者が抱えやすい悩み
大学の知財担当部署は、制度に沿って冷静に判断する役割を担っています。 しかし現実の大学組織では、その判断が必ずしも技術論だけで完結するわけではありません。
研究を主導する教員の提案は強く尊重されることが多く、 知財担当者がその提案に対して 「今回は出願しない方がよい」 という結論を示すことは、実務上かなり難しい場合があります。
その判断は、単に一件の出願を見送るという意味にとどまらず、 研究者の発想や研究成果の扱い方そのものに否定的な評価を加えたように受け取られるおそれもあります。
そのため知財担当者としては、大学の使命や資源配分から見れば慎重な検討が必要だと感じていても、 組織内で説明しやすい基準として、 「技術的に特許性があるなら出願する」 という整理に寄りやすくなります。
これは担当者の理解不足というよりも、 大学組織の中で役割を果たそうとするほど生じやすい悩みだといえます。
登録後も、惰性的な維持が起きやすい
この傾向は、出願時だけの問題ではありません。
登録後も、その特許が実際に大学の使命や社会的役割に照らして意味を持っているかを、継続的に検証することは簡単ではありません。
そのため、実際には十分に活かされていない特許についても、 惰性的に維持年金を支払い続ける ということが起こりやすくなります。
この構造は、大学にとって利益にならない支出を固定化させる原因になります。
「出願しない」という判断の意味
出願しないという判断は、単に何もしないということではありません。
現在の出願費用だけでなく、将来にわたる維持費用や学内負担を含めて、 無駄な出費を防いだ という積極的な行動です。
それは、大学の資源を守る判断であり、十分に評価されるべき判断です。
発明があれば必ず出願する、という発想ではなく、その技術をどのように大学の使命に結びつけるかという視点で判断することが重要です。
教授会や学長が知っておくべきこと
出願や権利維持に最終的な権限を持つ教授会や学長が、 特許は技術的に優れていれば出すべきものだ という理解だけで判断してしまうと、大学全体として知財費用が膨らみやすくなります。
本来は、 大学の使命に照らして、その出願や維持に意味があるか という観点を共有しておく必要があります。
技術的評価だけではなく、大学全体の資源配分として妥当かどうかを考えることが重要です。
大学の特許判断は、大学の使命に基づくべきである
出願するか、しないか。維持するか、見直すか。 これらは単なる技術判断ではありません。大学の資源配分に関わる判断です。
そして、その基準になるべきものは、企業の利益ではなく、大学の使命です。
教育、研究、社会貢献という大学本来の目的に照らして、その特許出願や権利維持に意味があるのか。 そのように考えることが、大学知財を健全に運営するために重要だと考えています。
大学知財のご相談について
大学の特許出願や権利維持について、技術的な特許性の検討だけでなく、大学の使命、予算、学内負担まで含めて整理したい場合は、ご相談ください。
出願ありきではなく、出願しない判断、維持を見直す判断も含めて整理します。